昨日は一昨日の余韻の中、作業しておりました。
投稿日時 : 2023年7月22日 土曜日 作成者 : ange
昨日は遅刻ながら通所致しておりました。
最近のいつもの作業を致しながら、一昨日の見学に伺わせて頂きました就労継続支援A型の事業所さんの事を考えておりました。
僕的はとても僕自身がその事業所さんにて作業させて頂くイメージが湧き、もうほぼその事業所さん以外の事はあまり印象に残らなくなっております。
ソレでも自分が作った僕自身にとっての『魅力的な部分』と『イマイチな部分』を分けて、これまでの事業所さん別にまとめました表を眺めますが、やはり一昨日の事業所さん以外には考えられそうにありません。
僕の次のステージはその事業所しかあり得ません。
来月には相談員さんと話し合いまして、決定させますが、もう僕自身はその決意を確認する事以外になさそうです。
当初、そんなに期待はしておりませんでした。
だから実際に見なければ判らない事があります。
ソレの再認識です。
その事業所さんの周りにも魅力的な場所が沢山あります。
なので、環境もまた僕的には魅力的です。
食事処もその一つです。
その事業所さんはいずれ要望がありましたらお弁当の事も考えられるそうですが、しばらくは食べに出掛けるか?何かを買って来る事になります。
僕は何より味噌ラーメンが大好きで、その事業所さんの傍にはとても僕好みの味噌ラーメンを提供されておりますお店もございます。
ソレもとても魅力的です。
来月に決定した際にはタイミング的に体験入所を致しまして、面接を考えております。
この感じはまるで『一目惚れ』な感じです。
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『永遠』と云う言葉があります。
僕は『永遠』と云うモノをアテにしません。
『永遠』と云う存在は古くからあり、人類以前、ソレこそ宇宙開闢の頃から存在しますが、何もかもがソレに届いた存在を知りません。
全ての存在はまだ『永遠』に向かうまでの旅をする存在です。
宇宙さえもまだ『永遠』へと向かうまでの路半ばで、もしかすれば永遠という言葉さえもまた『永遠』へと続く路をただひたすらに漂い進んでいるのかもしれません。
『永遠』と云う言葉はとても使い勝手が良く、『愛の言葉』の中や、気持ちを鼓舞させる時などでも多く使われます。
誰も彼も『永遠』を見た事はなくても『永遠』を語って、気持ち心地る感じです。
『鶴は千年 亀は万年』と云いますが、ソレもまた比喩としながらも考えますのは、実際に亀の万年の生命力と付き合って、臨床的に見届けた人はいません。
ソレこそ実際にソレをしたなら、古代のエジプトから見届けて、現代でようやく確証につながる感じです。
それだけの長い時間を、場合によってはソレが行われてました場合、その亀はまだその生命力の記録レコードを更新しているのかもしません。
ソレはソレで考えますと楽しいかもしれません。
その内に『亀は億年』になったならソレもまた一興だなぁ、と思います。
『永遠』も少しずつ歩んでいき、際限ない時間を漕いでいくしかありません。
きっと全ての存在が『永遠』の先に到達する時は望めないのだろうと思います。
『永遠』は無限であるが故『永遠』で、その果てがあるのならソレは『永遠』ではないのです。
人の描く『永遠』、ソレもまた蝶のひと時の眠りの中の夢、『胡蝶の夢』なのかもしれません。
僕は『永遠』と云うモノをアテにしません。
ですがとても感慨深く、想像に耽る思いです。
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